今日今期にとったある授業の口頭試問のテストを受けてきました。私は、正規の学生ではないので、授業単位のかかった試験を受けれない(受けても意味がない)のですが、私の無理なお願いを受け入れてくださり、担当教官のご厚意で正規の学生と同じテストを受けさせてもらいました。私としては自分の力がどこまで通用するのか(実際の過程なら単位をとれるのか)試したかったから。


口頭試験って私にとっては人生初めての経験です。テキストや参考書を読みこんで、それなりに入念な準備をして臨みました。口頭試験ですから、先生が口頭で質問してきて口頭で返答(問題によっては図解もあり)でした。正直言って、それなりに自信はありました。確かに授業では普通の学生よりも理解度は遅いとは思いますが、それでも勉強時間は誰よりもかけたつもりだし、一つ一つの事象を丁寧に見返したので、どれを聞かれても答えられると思っていました…。


いざ始まってみると、いきなり最初の質問からこけました汗まったく予期しない聞かれ方をしたからです。

「これは○○なるけど、○○になるのはどうして?」


そう、私は結果を見て、その解釈ばかりに気を取られ、なぜそうなるか(なぜそういう結果に行きついたか)をしっかり考えていなかったんですね。もちろん、○○の方を説明(解釈)する問題も聞かれましたが、こちらは比較的的確に答えられた気がします。

歴史でいえば「□□年に起こった××」は答えられても、「どうして××が起こったか?」が答えられてない。これは知識のつながりが分かってないと解けない。この人は何で?どうして?こうしたのかって考える習慣をつけてないと、とっさに聞かれても対応できない。だって、必要な要素が知識のどこに散りばめられているか把握できていないから。それは口頭試問では筆記試験よりはるかに難しいし、根底にしっかりと根付いた知識がないとできない芸当です。私は、いい意味でも悪い意味でもバカ正直なところがあり、後者が明らかに劣っているタイプです。

私はとにかく、授業での遅れを知識の補填だけで満足していたんですよね。結果も大事ですが、何が根源(本質)で、どうしてその結果を導き出そうとしているのか。そのプロセスの考え方の大切さを気づかされました。これって研究するにとって最も大切なことですよね。

最後、2,3分部屋の外で待たされ、もう一度部屋の中へ。コメントをいただくことができました。英語で大変だったでしょうなんて話から始まり、結果を言えば、課題と今日の口頭試問の総合判断で80/100ということで、一応合格点はいただくことができました。でも、私の中での手ごたえとしては確実に落第点でした。(予想していなかった聞かれ方をされて)何度も質問の意味が分からなくて聞き返したし、誤解をして違うことを答えたこともあったし、焦って頭真っ白になったこともありました。なんかそう思ってくると、だんだん本当にこれで合格点?って思ってきて…。もしかして、ちゃんと英語で頑張れたことへの合格点なのでは?と思えてきてしまって…。どんどん自己嫌悪悲しい悔しくて…悔しくて…。

私の中で言語的ディスアドバンテージを言い訳にしたくない、同じことをやっていて負けたくないという気持ちがある一方、自分自身でそれを解決できてないジレンマがやっぱりある。実際、専門知識を説明する場合、やっぱり日常会話で出てくるような単語とは違って、独特な言い方があります。まだまだ自分の中で消化しきれていない。

今回の口頭試験は、本当にいろいろ考えさせられたし、自分の弱みが露呈したような気がします。
最近溜まっていた、デルフトの冬の光景(写真)をアップしときます。ちなみに、ここに写っている場所はデルフト郊外の調整池です。天然のアイススケート場になっていました。一人一足スケート靴を持っているという話も納得です。

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(氷の上でも自転車走行可困った


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(犬の散歩か人の散歩かあやしいところです笑い汗


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(赤ちゃんだってスケートします)


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(大きな鳥 part.1)


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(大きな鳥 part.2)